Masuk春風が、優しく吹いていた。世界樹は再び大地へ深く根を張り、王都には色とりどりの花が咲き誇る。戦いの傷跡は少しずつ癒え、人々は笑顔を取り戻していた。今日は、この国にとって特別な日。そして、一人の少女にとって、新しい人生の始まりの日だった。───「きれい……。」鏡の前で、ルピナスは小さく息を呑んだ。純白のドレス。胸元には世界樹を模した刺繍。藤色の宝石が陽の光を受けて静かに輝いている。髪には満開の藤の花。ダリアは目を潤ませながら何度もうなずいた。「世界で一番きれい。」「……泣かないでよ。」「無理!」ダリアは抱きついた。「処刑台に向かっていたあなたが……。」「今日、お嫁さんになるなんてぇぇぇ!」二人は思わず笑った。マーガレットも優しくベールを整える。「幸せになってください。」「はい。」ルピナスは力強く頷いた。もう迷いはない。───教会の鐘が鳴る。大きな扉が開かれた。赤い絨毯の先には、黒の礼装に身を包んだフジが立っていた。いつも冷静な彼が、今日は少しだけ緊張している。ルピナスが歩き始める。一歩。また一歩。前世では処刑台へ向かった足。今は、大切な人の待つ未来へ向かう足。涙で景色が滲む。それでも彼女は笑っていた。フジもまた、優しく微笑む。「待っていた。」その一言だけで十分だった。ルピナスは彼の前へ立つ。フジはそっと手を差し伸べた。「これから先も。」「笑う日も。」「泣く日も。」「迷う日も。」「全部、一緒に歩こう。」ルピナスは迷わずその手を取る。「はい。」「あなたとなら。」「どんな未来も怖くありません。」───司祭が静かに問いかける。「健やかなる時も。」「病める時も。」「互いを愛し、支え合うことを誓いますか。」「誓います。」二人の声が重なった。指輪が交換される。祝福の鐘が鳴り響く。その瞬間。教会中に大きな拍手が湧き起こった。「おめでとう!」「ばんざーい!」花びらが舞う。世界樹の枝からも、藤の花が風に乗って降り注いだ。まるで世界そのものが二人を祝福しているようだった。───ローゼンは拍手を送りながら微笑んだ。「幸せになれ。」その隣ではマーガレットがそっと寄り添う。ダリアは号泣していた。「うわぁぁぁぁん!よかったぁぁぁ!」兵士たちは笑いなが
王都に、美しい鐘の音が鳴り響いた。戦勝を祝う鐘。人々は笑顔で街へ集まり、花で彩られた広場には露店が並んでいる。「平和だ……。」ルピナスはその景色を見つめ、胸いっぱいに息を吸った。こんな日が来るなんて、前世では想像もできなかった。「ルピナス!」元気な声とともにダリアが駆け寄ってくる。「もう探したんだから!」「ご、ごめん。」「今日は主役なんだから、ぼーっとしてちゃダメ!」そう言ってルピナスの腕を引く。「今日は?」「もちろん祝賀会!」「あなたとフジ様のお披露目でもあるんだから!」「えぇっ!?」ルピナスは耳まで真っ赤になった。───王城の大広間。復興を祝う晩餐会が開かれていた。兵士も貴族も平民も関係なく、一つの長いテーブルを囲む。それはローゼンが望んだ、新しい王国の姿だった。「皆、今日はありがとう。」ローゼンがグラスを掲げる。「この国は、多くの人に救われた。」「だから今日だけは身分も肩書きも忘れよう。」「共に生き延びた仲間として、この勝利を祝いたい。」大きな拍手が起こる。マーガレットはそんなローゼンを誇らしそうに見つめていた。(本当に変わりましたね……。)以前の彼なら、こんな言葉は決して口にしなかった。───「ルピナス。」優しい声に振り向く。フジだった。黒の正装に身を包み、少し照れたように笑っている。「似合ってる。」その一言だけで、ルピナスの顔は真っ赤になった。「フ、フジだって……。」「格好いい。」小さな声だった。しかしフジにはしっかり届いていた。「ありがとう。」二人は照れくさそうに笑う。その様子を柱の陰から見ていたダリアは拳を握る。「きゃーーーっ!」「見た!?」「見た!?」マーガレットは苦笑する。「静かに。」「二人が気づいてしまいます。」「だって!もう恋人よ!?」「幸せすぎる!」ダリアは感極まって涙まで浮かべていた。───晩餐会の途中。ローゼンが二人の前へ歩み寄る。一瞬、会場が静まり返る。ルピナスは少し緊張した。だが、ローゼンは穏やかに微笑んだ。「ルピナス。」「……はい。」「前世では、お前を守れなかった。」その言葉に、ルピナスは静かに首を振る。「もう過去です。」ローゼンも頷いた。「ああ。」「だからこそ、今度は祝福したい。」彼はフジへ向き
王都に、穏やかな朝が訪れた。戦いの傷跡はまだ残っている。それでも街には笑顔が戻り、子どもたちの笑い声が石畳へ響いていた。花屋には色とりどりの花が並び、人々は復興へ向けて新しい一歩を踏み出している。ルピナスは城の窓から、その光景を静かに見つめていた。「本当に……終わったんだ。」小さく呟くと、扉が軽く叩かれた。「ルピナス。」聞き慣れた声だった。振り返ると、フジが少し緊張した表情で立っている。「少し時間をもらえるか。」「もちろん。」二人は王城を出て、静かな庭園へ向かった。満開の藤棚。初めて二人が心を通わせた場所だった。春風が吹き抜けるたび、藤の花が優しく揺れる。しばらく二人は何も話さず歩いた。その沈黙さえ心地よかった。やがてフジが足を止める。「ルピナス。」「はい。」「前世のお前を、俺は知らない。」ルピナスは静かに頷いた。「でも。」「今のお前なら知っている。」「泣き虫で。」「意地っ張りで。」「誰よりも優しくて。」「自分より他人を大切にしてしまう。」ルピナスは思わず笑った。「そんなにひどい?」「ああ。」フジも笑う。「だから放っておけない。」その笑顔を見たルピナスは胸が熱くなる。戦場では見ることのなかった、穏やかな笑顔だった。「フジ。」「ありがとう。」「何度も私を助けてくれて。」「何度も信じてくれて。」「何度も……帰ってきてくれて。」フジはゆっくり首を横に振る。「助けられたのは俺も同じだ。」「お前がいたから、未来を信じられた。」その言葉に、ルピナスの瞳が潤む。フジは一歩近づいた。二人の距離がゆっくり縮まる。「ルピナス。」「俺は。」「騎士としてじゃない。」「王国のためでもない。」「ただ、一人の男として。」深く息を吸う。「お前を愛している。」「これから先も。」「どんな未来でも。」「お前の隣を歩きたい。」静かな風が吹いた。藤の花びらが二人を包み込む。ルピナスは涙を流しながら微笑んだ。「私も。」「あなたを愛しています。」「前世では愛が何なのか分からなかった。」「誰を信じればいいのかも分からなかった。」「でも今は違う。」ルピナスはフジの両手をそっと握る。「あなたとなら。」「どんな未来でも歩いていける。」その答えを聞いたフジは、そっとルピナスを抱き寄せた
静寂だった。あれほど王都を揺るがしていた轟音は消え、世界樹の枝葉を揺らす風だけが優しく吹いている。空を覆っていた黒雲は姿を消し、澄み渡る青空が広がっていた。「……終わった。」誰かが呟いた。その一言をきっかけに、王都中から歓声が上がる。「勝ったぞ!」「世界樹が戻った!」「王都は救われた!」涙を流しながら抱き合う親子。肩を叩き合う兵士たち。マーガレットは避難所で最後の手当てを終え、安堵の息をついた。「皆さん、本当に……よく頑張りました。」ローゼンは剣を鞘へ納め、静かに民へ向き直る。「今日、この勝利を手にできたのは、一人の力ではない。」「この国を信じた全員の勝利だ。」民から大きな拍手が沸き起こる。その隣でマーガレットが優しく微笑んだ。「立派な王様になりますね。」ローゼンは少し照れくさそうに笑う。「まだまだ未熟だ。」「だから……これからも支えてくれるか。」その問いに、マーガレットは静かに一礼した。「喜んで。」二人は言葉少なに微笑み合った。恋は焦らなくていい。新しい物語は、ここから始まるのだから。───王城の中庭。ダリアは大きく伸びをすると、ルピナスの手をぐいっと引いた。「さあ、こっち!」「えっ?どこへ?」「決まってるでしょ。」「戦争は終わったの。」「次は恋の時間よ。」ルピナスの頬が真っ赤になる。「な、何言ってるの!」「もう!」ダリアはくすくす笑いながら、ルピナスを自室へ連れていく。鏡の前へ座らせ、乱れた髪を優しく梳かした。「ほら。」「こんなに綺麗なのに、戦いで台無し。」藤色のリボンを結び、薄紫のドレスへ着替えさせる。ルピナスは照れながら鏡を見つめた。「久しぶり……こんな格好。」「当たり前よ。」ダリアは満足そうに頷く。「今日は王女じゃない。」「一人の恋する女の子。」その言葉に、ルピナスは胸が熱くなった。「ダリア……。」「行ってらっしゃい。」「フジ様がお待ちよ。」───王城の裏庭。満開の藤棚の下で、一人の青年が立っていた。黒髪を風になびかせ、静かに空を見上げている。フジだった。足音に気づき、ゆっくり振り返る。その瞬間。言葉を失った。薄紫のドレスに身を包んだルピナスが、恥ずかしそうに立っていた。「……綺麗だ。」思わず漏れた本音。ルピナスは顔を真っ赤にし
世界樹の頂から、一筋の紫色の光が天へと伸びた。それは夜空を覆う黒雲を貫き、王都全体を優しく照らしていく。「始まる……。」ラベンダーが静かに呟く。「これが、世界樹が選んだ最後の戦いです。」絶望の化身は、四人を見下ろしていた。その巨大な翼は空を覆い、大地には黒い霧が降り注ぐ。『希望ハ……消エル。』『何度デモ。』『何度デモ。』その言葉とともに、無数の黒い槍が四人へ降り注いだ。「散開!」ローゼンの声が響く。フジがルピナスを抱き寄せ、一瞬で後方へ跳ぶ。アスターは白銀の結界を展開し、黒い槍を受け止めた。轟音が王都を揺らす。「今だ!」ローゼンが黄金の剣を振るう。王家に伝わる聖剣が、絶望の化身の翼を切り裂いた。しかし、その傷はすぐに黒い霧で塞がれてしまう。「まだ足りない……!」ヘリアンサスと兵士たちも加勢する。マーガレットは避難所で人々を励まえ続け、ダリアは負傷者の手を握り続けていた。その祈りは世界樹へ届き、一本、また一本と藤の花が咲き始める。ラベンダーは世界樹へ杖を掲げた。「皆さん!」「思い出してください!」「守りたい人を!」「愛した人を!」「信じたい未来を!」その瞬間だった。世界樹がまばゆい光を放ち、一人ひとりの胸に刻まれた紋章が輝き始める。ローゼンの黄金の王冠。フジの黒き剣。アスターの白銀の薔薇。そして、ルピナスの紫の花。四つの光は空中で一つに重なり、巨大な紋章となって夜空へ浮かび上がった。ラベンダーが静かに微笑む。「これこそが――。」「CARDINAL。」『CARDINAL……?』絶望の化身が初めて、その名を口にした。ラベンダーは頷く。「四つの柱。」「希望。」「守護。」「覚悟。」「贖罪。」「どれか一つでも欠ければ、世界は支えられません。」ルピナスはフジを見る。フジも頷いた。もう言葉はいらなかった。二人は互いの手を強く握る。「約束したよね。」ルピナスが微笑む。「この手は離さない。」フジも優しく笑う。「ああ。」「一生離さない。」その瞬間、二人の魔力が一つに重なった。紫と漆黒の光が渦を巻き、世界樹の光と共鳴する。ローゼンは静かに剣を掲げる。「未来を、この国へ。」アスターは胸へ手を当てる。「過去は、ここで終わらせよう。」四人が同時に前へ踏み出す。「行
黒い槍が、夜空を切り裂いた。絶望の化身が放った一撃は、一直線に世界樹を目指していた。「あれを止めろ!」ローゼンが叫ぶ。フジが地を蹴る。アスターも魔法陣を展開した。だが──。「間に合わない!」世界樹まで、あとわずか。その瞬間、一人の男が前へ出た。アスターだった。「アスター!」ルピナスの悲鳴が響く。彼は静かに微笑む。「これが……私の贖罪だ。」白銀の魔法陣が幾重にも重なり、巨大な結界となって世界樹を包み込む。轟音。黒い槍と結界が激突し、眩い光が王都を飲み込んだ。衝撃で全員が吹き飛ばされる。煙が晴れた時、世界樹は無事だった。しかし、アスターは片膝をつき、口元から血を流していた。「アスター!」ルピナスが駆け寄る。「どうして……!」アスターは苦しそうに笑う。「何百年も前……。」「私は、お前を守れなかった。」「だから今度こそ……守りたかった。」ルピナスは首を横に振る。「そんなことのために命を懸けないで!」「あなたはもう十分苦しんだ!」涙が止まらなかった。アスターは静かに空を見上げる。黒い雲の向こうには、星が少しだけ見え始めていた。「私は……間違え続けた。」「世界を救うためと言いながら、本当は……。」言葉が途切れる。「失うことが怖かっただけだ。」何度も世界をやり直した。誰かを救おうとした。だが、それは未来を信じられず、過去に縛られ続けた結果でもあった。「私は……前へ進めなかった。」ルピナスはそっとアスターの手を握る。「もう終わったよ。」「あなたは、ちゃんと未来へ進めた。」「みんなを守ってくれた。」「もう、一人で罪を背負わなくていい。」アスターは目を閉じる。その頬を、一筋の涙が流れた。「ありがとう。」その言葉は、ルピナスだけでなく、フジやローゼンにも向けられていた。ローゼンは静かに剣を胸に当てる。「お前は敵ではなかった。」「この国を救った英雄だ。」フジも小さく頷く。「胸を張って生きろ。」短い言葉だった。だが、それはフジなりの最大級の敬意だった。アスターはゆっくりと立ち上がる。傷ついた身体は限界だった。それでも、その瞳には迷いはない。「今度は、未来のために戦おう。」彼は黒薔薇の仮面を外した。長い間、自らを縛り続けてきた象徴。それを静かに地面へ置く。仮面は音
ローゼン王子は決意した。調査が必要だ。なぜルピナスが自分を振ったのか。なぜ避けるのか。なぜ「結構です!!」なのか。その謎を解かなければならない。王族として。未来の国王として。そして何より。一人の男として。「殿下」側近が声をかける。「なんだ」「現在何をなさっているのでしょう」ローゼンは真剣な顔で答えた。「尾行だ」側近は頭を抱えた。学院の放課後。ルピナスは上機嫌だった。隣にはダリア。今日も美人である。「ダリアー!」「なんですの」「ケーキ!」「知っていますわ」「楽しみね!」「貴女は犬ですの?」ルピナスは笑った。前世ではほとんど話せなかった。
帰りの馬車の中。ルピナスは向かい側に座るフジを見つめていた。フジは窓の外を見ている。無言。ひたすら無言。静かだった。あまりにも静かだった。ルピナスは耐えられなくなった。「フジ」「なんだ」返事は早い。「趣味は?」「剣術」「それ仕事では?」「そうだな」会話終了。ルピナスは困った。ダリアがいたら笑っていただろう。「好きな食べ物は?」「米」「子供?」「違う」会話終了。ルピナスは天井を見上げた。何この人。難しい。しばらくして。フジが口を開いた。「お前」「なに?」「なぜ王子を振った」ルピナスは固まった。核心だった。聞かれると思っていた。
ダリアは頭を抱えていた。目の前には満面の笑みを浮かべたルピナス。意味が分からない。本当に意味が分からない。「友達になりましょう」「断りますわ!」即答だった。教室中が頷いた。当然である。普通ならここで終わる。だが。ルピナスは普通ではなかった。「そう」「そうですわ」「じゃあ明日また聞くわ」「聞かなくて結構です!!」ダリアは思わず叫んだ。ルピナスは感心したように頷く。「良い声ね」「何を言ってますの!?」「将来有望だわ」「何がですの!?」ダリアは混乱していた。授業終了後。ルピナスは帰宅準備をしていた。そこへ。ローゼンが現れる。「ルピナス」「結構
翌朝。第一王子ローゼンは寝不足だった。目の下にはうっすらと隈。朝食のパンを見つめながら呟く。「なぜだ……」隣にいた国王が顔を上げた。「何がだ?」「なぜ振られた」国王はパンを落とした。「は?」「ルピナスに振られた」「誰が?」「俺が」「ルピナスに?」「そうだ」国王は頭を抱えた。朝から重い話だった。「何かしたのか?」「していない」「本当に?」「していない」国王は疑わしい目を向けた。ローゼンは真剣だった。本気で分からないのだ。「ルピナスは昔からお前を好いていただろう」「そうだ」「ではなぜだ」「それが分からない」親子揃って分からなかった。その頃







